『法華経』に学ぶ
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いに信頼するようになり、窮子は自由に長者の家を出入りするまでになりました。それでもなお窮子は、もとの粗末な場所にとどまっていたのです。その後、長者は病にかかり、自らの死期がそう遠くないことを自覚しました。そこで、 『わたしの蔵には、多くの珍宝や金銀財宝が満ち溢れている。その財宝一切の管理をお前に任せることにしよう。なぜならば、今となっては、私とお前とは心が通じ合い、まさに一心同体であるからだ。どうか用心をして欲しい、財産を失うことがないように努めてもらいたい。』と窮子に命じたのです。その指示を受けて窮子は、長者の所有するすべての財宝について知る立場となりました。しかし、そのような立場になりながらも、長者の屋敷で食事さえ摂ることもなく、また住まいも粗末なままで、依然として「自分は愚劣な人間だ」との思いを拭い去ることはできないままでした。それからしばらくしたある日、父親は息子の心が実に安らかとなり、大志を抱いていること、さらには「かつての自分は愚かであった」と悔いていることを知りました。そこで生命が終わろうとする時に窮子に命じて、親族から国王、大臣、富豪、有力者たちに至るまでを一堂に集めさせたのです。そして集まった人たちを前に宣言しました。『お集りのみなさん、よく聞いてください。ここにいる男は、私の息子です。私の実子なのです。息子は、私を捨てて家出をしました。さんざん苦労をし、辛酸をなめること五十年以上になります。彼の本当の名前は何といい、私の名前も何々です。私は息子のことが心配で心配で、もと住んでいた街を出て、息子を捜し求めてこの街にやってきました。そしてようやくこの街で息子と出会うことができたのです。ここにいる男は、私の実子です。私は、この男の実父なのです。私の所有するすべての財産は、この子のものです。私の財産につい-97-    

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