『法華経』に学ぶ
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ょうき、平安時代には伝教大師最澄(七六七―八二二年)が『法華経』を所しょ依えの経典とし、比叡山に天台宗を開きます。そして鎌倉時代に、いよいよ日蓮聖人(一二二二―一二八二年)が登場せられ、釈尊が説かれた教えは数多くあれども、『法華経』のみが釈尊の本意であり、他宗所依の経典はみな方便の教えであって、釈尊の本意ではないとして、生涯をかけて『法華経』の信仰、なかんずくお題目を唱える信仰を叫ばれます。ところで、日蓮聖人は鎌倉時代に登場なされまょ  すが、平成三十三(令和三)年には「ご降こう誕たん八〇〇年」という慶事を迎えます。読者の中にも「ご降誕八〇〇年」という言葉を耳に、或いは目にされた方もおられることでありましょう。この普段聞きなれない「降誕」という言葉ですが、これを世間一般的な「誕生」と同義語と解釈してしまうと「降誕」の意義が泡うた沫かたに帰してしまい、宗教的慶事の意味は失われてしまいます。またそれは、ややもすれば日蓮聖人を辱めることにもつながりかねないのです。「日にち蓮れんを用もちいぬるとも、あしくうやま(敬)はば国くに亡ほろぶべし。」と日蓮聖人も訓戒くださいましたから、大いに注意が喚起されるところです。「降誕」とは、聖人(せいじん)が生まれる際に用いられる言葉です。日蓮聖人の誕生を「降誕」と称する意義について訊ねるとき、そのご生涯を『法華経』をひも解かずに、事績だけをとらえて、世間一般的な偉人伝=高僧伝として、つまりは「鎌倉新仏教の各宗各派の開祖の一人」として学んでも、あるいは語ったとしても、宗教的、信仰的意義を知ることは到底できない、ということなのです。人のご生涯、六十一年の歴史的事実は『法華経』に説く宗教的必然であった」という意味なのです。-3- 行ぎょ私う者じたゃ」ち等はと、冠日を蓮つ聖け人てに称「し本ほたん化げり上じしま行ぎすう」「が法「華日経蓮聖の

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