『法華経』に学ぶ
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釈尊は迦か葉しうに語り続けられます。 「迦葉よ、たとえば三千大千世界という大宇宙の山や川、谷や大地にはさまざまな草や木が成育し、草むらがあり林が生い茂っています。さらには、さまざまな薬草があり、その名前や形、色はさまざまです。その大地を厚い雲が隅々まで覆いつくし、等しく雨が降り注いだとしましょう。するとその潤いの雨は、すべての草木や叢そう林りん、数多くの薬草の小さな根や、茎、枝、葉、中くらいの根、茎、枝、葉、そして、大きな根、茎、枝、葉に潤いを与えます。また、数多くある樹木の中にも、大きな樹木、小さな樹木がありますが、その樹木も上、中、下の性質によってそれぞれ潤いを受けます。  ょ  薬や く草そう(山川、渓谷、土地に生いたる所の卉木、叢つまり、同じ雲から降り注ぐ恵みの雨が、大地に繁茂する草木の性質に応じて成育を促し、やがて草木は花を咲かせ実をつけるのです。このように、同じ大地に成育し、同じ雨の潤いを受けたとしても、それぞれの草木には違いがあるのです。」これが「三草二木の喩え」ですが、薬草の大、中、小が三草に相当し、大きな樹木と小さな樹木が二木にあたります。この喩え話は先号学んだように、釈尊の広大無辺な慈悲とその教化、そして教化を受ける弟子の姿を喩えたものです。経文には「山せん川ぜん渓けい谷こく土ど地ち。所しょ生しょう卉そう木もく叢そう林りん。及ぎっ諸しょ林及び諸の薬草)」とあります。「卉木」とは草木のことですが「卉」とは普段見慣れない字です。字典を紐解きますと「草を三つ重ね、衆草の意を示す。草の総名なり」との解説が見えます。つまり、すべての草を意味しますから「卉木」とは、大地に成育するすべての草木をいいます。「叢」も薬草喩品第五②-116-

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