三大秘宝について「本尊 戒壇 題目」
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法蓮華経を声も惜しまずお唱えになられ、衆生教化をなさいました。お題目を唱え人を導くから、唱導師と呼ぶんです。「一乗を演説すれども、題目の五字をもつて下種となすべきの由来を知らざるか」と『曽谷抄』にありますが、いくら読誦行をしようが、法門を解説しようが、お題目を唱えなければ、下種したことにはならないんだ。ということですね。ですから、この「お題目でなければならないんだ」という信念が大切になってくるわけですよ。「直専持此経、この経を持つというのは、法華経一経を指すんじゃないんだ。但、題目ばかりを持つことをいうんだ」とありましたね。確か『四信五品抄』だったと思います。また後ほどご確認ください。 「壇」というものは、私たちが布教をする場所、具体的にその中身を言えば、お題目を下種する当所に、おのずと涌現するものと私は考えております。それが「本門の戒壇」だと領解をしております。「壇」ありき、からスタートしますと、建造物との解釈も出ようかと思いますが、先ず「戒」ありきなんです。その戒の中身は、題目受持。それも、自行としての題目受持ではなく、化他行としての題目受持。これを行ずる所に、自然と戒壇は涌現するのでしょう。「本門の戒壇」とはそのように領解致しております。50

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